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┌──────────────────────┐
│(わ)  ワッとはやすは一等賞        │
└──────────────────────┘
会長さんかなんかの前へ進み出て、賞状なり賞品なりを受けると満
場は拍手の嵐である。受ける方でなくて渡す方の役は私もときどき
やらされるが、賞品を渡す時なんていうものは我ながらくすぐった
くて、脇の下に冷や汗みたいなものが流れるし恰好が板につかない
のである。渡す方がそうなら渡される方も、大きな男がお辞儀をし
て何かを貰う恰好も余りさっそうたるものではなかった。
┌──────────────────────┐
│(か)  カド番だよと念を押し        │
└──────────────────────┘
碁敵は憎さも憎しなつかしく、その憎みても余りある碁敵をカド番
へ追い込んだのだから馬鹿念を押しても決しておかしまはないので
ある。
┌──────────────────────┐
│(よ)  読み切れないと仰せある       │
└──────────────────────┘
読み切ったと思っても実際は読み切れていない場合が多いのだから
ましてや読み切れそうもないところはいい加減に切り上げて、丈和
さんみたいに早打ちを心がけるほうが賢明というものなのである。
どんな小さいことでも一つことを、完全に仕上げるということは大
変なことだと、だれかも言ったことである。
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┌──────────────────────┐
│(ぬ)  抜きさしならぬ劫になり       │
└──────────────────────┘
どうしてもそういう結果になるところだったのか、それとも見損じ
でどえらいことになったのか、とにかく後に引けない劫が持ち上が
ってしまったのである。こういうときはふだんのような冗談口が出
る余裕はなく、血眼になって劫立てか何かを考えているのである。
┌──────────────────────┐
│(る)  留守の間に大評定          │
└──────────────────────┘
何かの具合で対局者の二人が席を立った後、あっちがいい、こつち
が悪い、いやそうでもない、こういう手があるよなどと、局外者が
評定を開いているのである。日本棋院の手合日などでも、昼休みか
何かの時にこういう情景が見られるが、対局者が帰ってきたのも知
らずにやっていることがままなきにしもあらずなのである。
┌──────────────────────┐
│(を)  女で強い女流棋士          │
└──────────────────────┘
女は弱し母は強し、しかし女流棋士ともなれば立派な紳士に井目位
置かせて手玉にとるのだから、母は強し、女流棋士はまだもっと強
しなのである。
┌──────────────────────┐
│(と)  とどのつまりがジゴにされ      │
└──────────────────────┘
大分よかったはずの碁を、あっちでまずいことをやりまたこっちで
損をして、とうとうジゴににされてしまったのである。要するにヨ
セが甘いのだねー。ただしジゴなら負ではないからまだなぐさめら
れるが、コミがかりの半目負なんていうのは胸くそが悪くて一晩中
寝れないのである。
┌──────────────────────┐
│(ち)  小さい碁打は紺がすり        │
└──────────────────────┘
いまはすべてが活動的になったから学生服の詰襟というわけだが、
我々の小さいときは紺がすりで小倉のはかまと決っていた。その紺
がすりのいわゆる絣組が強くて、ケイコ客の重役タイプみたいな大
男がコロコロ負かされるのである。
┌──────────────────────┐
│(り)  竜虎戦う名人戦           │
└──────────────────────┘
その紺がすりが八段か九段になって晴れのタイトル戦を打っている
のである。名人戦ならさしづめ坂田九段と林海峰八段だが、三十年
前の紺がすりと十年前の紺がすりは十年前が勝って、林八段が名人
の座についたことは世人周知のところである。
┌──────────────────────┐
│(に)  にっこり笑って好敵手        │
└──────────────────────┘
将棋なら差当たって大山に升田、碁はというと一昔前までは、木谷
呉だったが、いまなら坂田本因坊、林名人、高川十段、藤沢九段な
どが好敵手のクラスである。好敵手なら勝つも負けるのも男子の本
懐とするところ、にっこり笑うかどうかは知らないが、いざ参りま
しょうというような具合なのである。
┌──────────────────────┐
│(ほ)  ホシはどこだと作ってる       │
└──────────────────────┘
警察畑では犯人のことをホシというのだそうである。碁のホシは三
百六十一路の盤面が余りにもだだっ広いから、区切りをつけるため
にホシをつけ加えたのだとさる物知りに教えられた。ホシはまた作
るときの十の線の目印になるから石をはがしてホシを探しているの
であるが、どうかするとホシがなかなか出てこないこともあるので
ある。
┌──────────────────────┐
│(へ)  ヘボ碁のくせに長思案        │
└──────────────────────┘
名人丈和という人はけっこう皮肉な人だったらしく、「知らぬこと
は考えてもなかなか見えぬものなり」と。私が言いそうないやがら
せを言った。考えるのも時によりけりで、勝負どころや手どころな
どはよく考えてうたなければなるまいが、布石とか中盤戦の着想と
かいうものは、考えて分かる性質のものでないから適当に早く打つ
べきなのである。
昭和二十三、四年頃、前田陳爾九段が作られたいろは歌留多です。囲碁界の
二大文章家といえば、昔、前田陳爾先生、今中山典之先生(惜しくも鬼籍に入
られてしまった)ですが、軽妙洒脱な前田節が非常に楽しい一篇です。
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┌──────────────────────┐
│(い)  いまも廃らぬ一、三、五       │
└──────────────────────┘
弘化、嘉永のその昔、碁聖秀策は黒一、三、五の構えで百戦百勝の
戦績を挙げた。世人はこれを秀策流と称え、または別に一、三、五
の布石とも言っているのである。新しい時代とともに布石の感覚も
一段と新しさを加えたが、しかし秀策流だけはいまなお脈々と現代
碁の中に生きているのである。
┌──────────────────────┐
│(ろ)  ローソクで打つ節電日        │
└──────────────────────┘
いまの若い方は、節電日というようなものがあったこともご存知な
いだろう。長生したからといって大して自慢にならないかも分らな
い。しかし終戦直後のころはどうかすると、電力不足で節電日とい
うようなものをしつらえたのである。碁好きならローソクで碁を打
ったのはむろんのこと、また需要供給の原則でそのころローソクが
高くなったのはむろんであるが、原則というものは高くなる方だけ
いやに正確で、安くなる方の原則どおり安くならないのはどういう
わけかとんと分らない。
┌──────────────────────┐
│(は)  ハマが多いと側で言い        │
└──────────────────────┘
ダボ碁ともなると外野が騒がしく、「ハマは一体どちらが多いのか
な」「黒が五目で白は三目だよ」「ははん、それじゃあ ろ がい
いな」というようなものである」ただし対局者は相手の揚げハマを
のぞき込むようなぶざまな真似をせず、盤面で取石を数えるのを修
行の第一歩とするのである。


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