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│(ゐ) いい碁だつたと通夜の席 │ └──────────────────────┘ 「在るときは在りのくさびに憎かりき亡くてぞ人の恋しかりける」 生きているときは喧嘩もしたり癪にもさわったが、亡くなってみる と思いはまた新たに、いい碁だったがなあ・・と碁仲間たちがしん みり語り合うのである。 ┌──────────────────────┐ │(の) のそっと来るは強い奴 │ └──────────────────────┘ 多分碁席か何かの種類だろう。こういうのは早く来たためしはなく 夜の七時から八時ごろに和服でのっそり現れるのである。早く来た から別に弱いというわけでもあるまいが、遅くやってきては打たな いで人の碁ばかりを見ていた。「碁会所で見てばかりいる強い奴」 である。 ┌──────────────────────┐ │(お) 置きなおしとは悪いクセ │ └──────────────────────┘ 鯉でもまな板の上へ乗せられたら観念してぴくりとも動かないそう である。ましてや人間のクセに一たん置いた石をはがすとはどの面 下げて鯉にまみえんだ。ただし鯉がぴくりとも動かないのは、本当 に観念して動かないのかどうかそこまで私には責任がもてないので る。 PR
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│(ら) 楽なものさと横を向き │ └──────────────────────┘ こういうときはとかく横を向くものだが、どういうわけで横を向か なければならないか、その心理過程がわからない。まあしかし少し 勝ったからといって横を向いてみたり、揶揄かいぎゃくを弄しなが ら打てるのだから碁というものは楽しいのである。 ┌──────────────────────┐ │(む) 胸に一物わざと負け │ └──────────────────────┘ こうなるとまた碁もいやらしくなる。ねらいは借金か就職か、それ とも将を射んとすれば馬で、娘でもたんたんと狙っとるか、相手は また奈辺の消息を知ってか知らずでか、とにかく人世万事、人のお だてに乗るようでは大した人物といえないそうである。 ┌──────────────────────┐ │(う) 打たずに負ける不戦負 │ └──────────────────────┘ 打たなければならないはずの碁が打てないのだから病気か何かろく なことでないはずだが、その上碁は負けになってしまうのだから踏 んだりけったりでたまったものじゃない。しかし勝負のおきては厳 として、こうしなければ規律が保てないのだから運が悪いとあきら めるしかないのである。
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│(つ) つながったまま死んじまい │ └──────────────────────┘ 世紀の悲劇でありまたこっけいでもあった。つながったからと安心 していたら、気がついたらつながったままのやつが死んでいたので ある。この方はこっけいの口だが、つながっても活きがあるかどう か心配したやつが、やっぱり死んでしまったとあつては今度は悲劇 の部だ。いやはや碁というものは恐ろしいものなのである。 ┌──────────────────────┐ │(ね) ネタはこれだとハメ手集 │ └──────────────────────┘ 相手をうまく引っかけておいて、ネタはこれだよと、はめ手集か何 かを見せびらかすのである。相手たるものは意地にもその本を見せ てくれと言いにくいし、書店で買うのも敵の後塵を拝するみたいで 癪だから、ここのところがどうなるかむずかしいところでもあるだ ろう。 ┌──────────────────────┐ │(な) 投げろ投げろと責めている │ └──────────────────────┘ どうせ碁はレジャーで気ままに打っているのだから、相手を責めよ うと自慢しようと自由気ままだが、こういうときは敵も歯を食いし ばって反撃の機をねらっているから油断ならないのである。
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│(た) 大会の日は二級下げ │ └──────────────────────┘ 一等賞はタンスで二等は米一俵なんていうのが昔はよくあった。新 権というのがあってこれが主催者側のもうけどころであるそうであ るが、ともあれタンスか米一俵を目当てに会の日は格を二級くらい 下げて申し込むのである。どうかすると五級ぐらい手合を下げてく るひどいやつもいた。こういうのは会主側で途中から手合を上げさ せるのであるが、なおかつタンスをさらって行ったというような話 をまま聞かないではないのである。 ┌──────────────────────┐ │(れ) 連碁などある披露会 │ └──────────────────────┘ 前の人相の悪いのに較べると、これはまた何とうるわしく祝福すべ き情景よ。連碁というのがまた勝っても負けてもどうということが ないのが昔からのしきたりで、そういえば連碁にタンスがかかって いたなんていう話は聞いたことがないのである。 ┌──────────────────────┐ │(そ) そうだったかと吐息つき │ └──────────────────────┘ 技量の高低に関わりなくよく見るケースである。しかしこれが初心 者だったらありゃ死んでしまったかというようなものだが、高段者 程度になると碁の内容が深いから吐息もも一つ深刻味を帯びている のである。
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│(わ) ワッとはやすは一等賞 │ └──────────────────────┘ 会長さんかなんかの前へ進み出て、賞状なり賞品なりを受けると満 場は拍手の嵐である。受ける方でなくて渡す方の役は私もときどき やらされるが、賞品を渡す時なんていうものは我ながらくすぐった くて、脇の下に冷や汗みたいなものが流れるし恰好が板につかない のである。渡す方がそうなら渡される方も、大きな男がお辞儀をし て何かを貰う恰好も余りさっそうたるものではなかった。 ┌──────────────────────┐ │(か) カド番だよと念を押し │ └──────────────────────┘ 碁敵は憎さも憎しなつかしく、その憎みても余りある碁敵をカド番 へ追い込んだのだから馬鹿念を押しても決しておかしまはないので ある。 ┌──────────────────────┐ │(よ) 読み切れないと仰せある │ └──────────────────────┘ 読み切ったと思っても実際は読み切れていない場合が多いのだから ましてや読み切れそうもないところはいい加減に切り上げて、丈和 さんみたいに早打ちを心がけるほうが賢明というものなのである。 どんな小さいことでも一つことを、完全に仕上げるということは大 変なことだと、だれかも言ったことである。 |
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1947/02/23
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